こんにちわ。

日本古代史愛好家、はしあきです。

突然ですが、あなたは『古事記』を読んだことありますか?

ちょっと前に「古事記編纂1300年」ということで興味をもたれた方、または昨年2013年の伊勢神宮、出雲大社の同年の遷宮とあって、『古事記』を読んだ方もいらっしゃるかと思います。

読まれました?

しかし『古事記』を手に取ってただ、読んでも、実はそこまで面白くないのです。

文学として読むのはそれはそれで面白いのですが、いきなりはじまりが神話ですから、子どもに話すおとぎ噺のような話がつづいているので、ふーん、と一読して終わってしまったり、「日本最古の伝えられている書物か、なるほどね」という感想で終わってしまった、という方もいるでしょう。

もしくは、そんなの読む気にもなれない、という人が大多数でしょうか(苦笑)

それはもう、本当にもったいないこと。

『古事記』の本当の面白さは、

”謎解き”にある!

と私は思っています。

『古事記』自体を読んだだけではそれはまったくわからないし、だれもそこまで伝えてくれないですよね。

でも実際に多くの研究者が数多くの書籍を出して、あーでもないこーでもないと議論しあって…そしてハマっているのは、


『古事記』に書かれていることが”謎”だらけだから!


につきます。

『古事記』の次に編纂されたとされる『日本書紀』も、出だしは『古事記』とおなじように神話で始まりますが、まず同じ神さまでも描かれ方や漢字が違います。

スサノオノミコトで例えると、同じ神さまであっても『古事記』では須佐之男命、『日本書紀』では素戔嗚尊と漢字表記が違います。

『古事記』のほうの”須佐之男”は勇ましいイメージですが、

『日本書紀』の”素戔嗚”は卑下した意味の漢字を使っています。

この名前ひとつとっても、なぜこのような表記の差があるのか、

》編纂した人間の意図があるのでは?

》編纂した時代背景は?

と妄想がどんどんふくらんでゆくわけです。

さらに同じ出来事でも『古事記』と『日本書紀』では年代が違ったり、殺人(神?)事件でも犯人が違ったりするのです。

『古事記』とは離れますが、古代史研究家を魅了する”謎”でもっとも有名なのは、

邪馬台国は一体どこにあるのか?

でしょう。

このブログでは『古事記』ばかりではなく、『魏志倭人伝』もふくめた古代史全般を取り扱っていきますが、いろんな研究者の方の意見を読むだけでも、なかなか面白いものです。


私は一般人ですが、ひょんなことから古代史にはまり、はや十年。

この面白い日本古代史の世界と、この魅力あふれる”謎解き”をみなさんにも知ってもらうためにブログを書いていこうと思っています。

そして、


》日本人は一体何者なのか

》天皇って一体なぜ存在するのか

》自分(日本人)はなぜこんな考え方をしてしまうのか


などなど、みなさんに少しずつお伝えしながら、古代史から日本人としての長い歴史を知ることで、

日本人って、素晴らしい!

と、誇りをもってもらいたいのです。

ゆっくりではありますが、少しずつ、書き綴ってゆきたいと思います。

よろしくお願いいたします。